日本戦車

1/144 九七式中戦車 チハ – 日本の戦車は本当に弱かったのか? –

1/144 97式中戦車 チハ

開戦時から終戦まで一貫した日本軍の主力戦車です。中戦車の割にサイズも小さいからチハたん∩(・ω・)∩とか呼ばれてる、そんな愛嬌ある戦車。“伝説のやられ役”で、性能だけでみたらそれはもう凄いほど主要国の戦車と差がありました。なんなら中小国の戦車とも差がありました。太平洋のジャングルという特殊な戦場と、日本軍の大和魂がなければ性能上では本当に弱小戦車だった。。。ただ、実際にはそれなりな活躍をみせます!

性能上では各国の戦車に圧倒的に劣る、そんな九七式中戦車チハたんがどうやって各国の戦車達と渡り合ってきたのか、まず、97式中戦車の性能ですが、同車には旧砲塔と新砲塔の2タイプがありました。

・中戦車(旧砲塔タイプ 1/144サイズ)

九七式中戦車(旧砲塔) チハの性能(スペック)

これは伝説のやられ役にふさわしい性能、、、唯一戦車らしいところは機動性くらいでしょうか。それぐらいのカタログスペック。

火力 :★☆☆☆☆
防御力:★☆☆☆☆
機動性:★★★☆☆

火力

主砲は九七式57mm砲です。「なんだ1938年採用で57mm砲じゃないか正解標準じゃないか」と一瞬気を利かせたそこの戦車通のあなた!もう知ってのことかと思いますが九七式57mm砲は一味違います!
装甲貫徹力は1,000mで15mm、射距離500mで23mmであるため、装甲車でやっと撃破できるかどうかです。もう戦車が相手だとそれどころじゃありません。M4シャーマン中戦車の後面の装甲ですら38mmですよ!真後ろからシャーマン攻撃したって勝てないなんて。。。

防御力

最大装甲厚でも25mmです。これでは機関銃からでも撃破されかねないでござる。。。アメリカ軍は戦車向けの徹甲弾でなく、歩兵向けの榴弾を使って撃破したそうで。。。

機動力

最高速度は38 km/hでした。ただ、エンジンのかけ方には一工夫いったようでシンプルに動くものではなかったようです。ほかにも、エンジンが三菱重工業と日立製作所が全く別物を作ったため部品の融通がきかず、機械的信頼性は優れませんでした。
そんな中でも、1,400kmを30日で移動したりと機動性自体は悪くなかったようで。

そんな97式中戦車も流石に火力の低さは指摘されていて、砲塔を新しくしたバージョンがあります。その性能がこちら。

九七式中戦車(新砲塔) チハの性能(スペック)

九七式中戦車改とも呼ばれています。火力の★が一つだけ増えました。

火力 :★★☆☆☆
防御力:★☆☆☆☆
機動性:★★★☆☆

火力

主砲は一式47mm戦車砲に進化しました。57mm砲から小さくなってますが、威力は上がってます。装甲貫徹力は1,000mで38mm、射距離500mで50mmになりました。これでM4中戦車の側面を真正面から攻撃するなら500mで貫通できるようになります。

防御力

砲塔を変えても特に装甲に変更はなく、最大装甲厚でも25mmのままでした。これでは機関銃からでも(略)

機動力

最高速度は38 km/hのまま(略)

97式中戦車の戦歴

対ソ連戦(1939年)

BT-7と対峙する97式中戦車(1/144サイズ)。ノモンハン事変でのソ連軍は質・量ともに日本軍を圧倒していました。ただ、日本軍も戦術面と航空戦で善戦します。

実は、1939年に日本軍はソ連軍と戦います(この戦いはノモンハン事変と呼ばれる) 九七式中戦車の初陣はこのノモンハン事変でした。たった4両ですがソ連軍のBT-7やBT-5と対峙しました。
日本軍の戦力はこのとき、92車輌の戦車・装甲車である一方、ソ連軍は452輌の戦車・装甲車を有していました。ちなみに、日本軍の他の戦車は八九式中戦車が30輌ほど、九五式軽戦車がこれも30数輌でした。

BT戦車は1939年当時では優秀で、エンジンの馬力、火力、防御力は九七式中戦車の倍でした。このときのBT戦車との差を、日本軍の小林中佐は以下のように述べています。

小林中佐
「敵を知り味方を知れば百戦あやくからず。戦車対戦車の戦闘は、彼我戦車の戦闘性能に最大の影響を受ける。敵戦車はBTを我は97式を想定すると、敵は射程距離1500mで我を貫通 できるのに対し、我は彼の側面装甲を500mで貫通できるのみ。そのときの命中率は3発につき一発、彼は1,000m で我を良く二発に一発で命中するであろう。
BT戦車の戦場速度は九七式の1.5倍。戦車の装備数から、常に敵の 1.5分の1以下で戦うことを常態とするであろう。この逆境でいかに勝利を獲得するか。。。」

要は無理ゲーだと言ってますね。。。ただ、実際は”大和魂”があるため、ノモンハンでは日本軍は善戦します。九七式中戦車は、奇襲攻撃を夜間に仕掛け成功しました。

実際に、ノモンハン事変全体だと両軍の被害は次の通りでした。これは関東軍被害過少報告説もありますが、よく戦ったと思います。

ノモンハン事変での両国の被害(戦闘車両)
ソ連側800両以上、目本側29両

しかも戦車同士の戦いで、日本軍戦車の被害0、に対して、戦果66というデータもあるようで(諸説ありますが、、、)

太平洋での戦い

太平洋戦争がはじまり、九七式中戦車はあんな性能にもかかわらず東南アジアまさかの大活躍をします。というのも、マレー半島ではイギリス軍と対峙しますが、幸い英軍は戦車をもっていませんでした。そのため、九七式中戦車はマレー半島で最強の戦車となったのです。

マレー半島での九七式中戦車の活躍と言えば、島田少佐率いる島田戦車隊の活躍です。

マレー半島で日本は最南端のシンガポールを目指していましたが、南下ルートには、ジャングルとと湿地に挟まれた道路一つでした(マレー半島のジャングル地帯の移動は本当に大変で、沼地でワニを踏む兵もいたほど)。その先には、大砲、対戦車砲、機関銃を配備し防備を固めていたた英軍が待ち構えていました。
この防衛線は強固で、全長6キロ、7つも防衛ラインが敷かれていました。しかも個々の防衛線は砲弾を浴びせても破壊できず突破は困難でした。

そこに、戦車中隊の島田豊作少佐がある提案をします。

「戦車部隊を生かすなら、夜襲あるのみです。明るい時間帯に仕掛けても、みすみす敵の攻撃網にかかるだけでしょう。日が落ちた頃に奇襲をかければ、敵の射程も狂います」

「重厚な陣地を一挙に駆逐するには、戦車部隊の強力な火砲で敵陣を粉砕し、突破を試みるしかありません。歩兵、工兵ともに私にあずけてください」

夜襲を得意とする日本陸軍ならではの戦い方で、歩兵・工兵・戦車隊が連携した統合戦術を提案し、承認されます。

深夜になって作戦開始。。。。島田少佐率いる戦車・歩兵・工兵の統合部隊は、深夜に敵陣地のあるジャングルに潜入。。。。工兵隊が対戦車障害物を処理して前方進路を開拓し、九十七中戦車が撤去物を蹂躙しながら突き進みました。。。戦車の傍らには、歩兵が張り付いて周囲を警戒します。。。
敵は静観しているのか、戦車が地響きを立てても弾は飛んでこない。第一線陣地を突破し、第二線陣地の鉄条網をなぎ倒したところで、茂みの影から土豪から、一斉に曳光弾が放たれ戦車部隊を光で包み込んだ。機銃や砲撃の射光で敵の姿が浮き彫りとなり、すかさず砲弾を浴びせてめった打ちにします。ゴムの木の根元がめくりあがり、土豪に隠れていた敵兵を吹き飛ばした。闇夜で照準が定まらないのか、これまで正確を極めた敵の射撃は戦車の頭上をかすめて被弾しません。反対に、容赦なく打ち放たれる島田部隊の銃砲弾に被害を拡大させました。

ここで九七式中戦車をはじめ戦車隊は三時間で強固な防衛ラインを突破することに成功しました。

当時マレー半島での九七式中戦車の天敵はイギリス軍の2ポンド砲でした。これはマチルダⅡ歩兵戦車や巡航戦車にも搭載されていた砲で、装甲貫徹力は1,000mで38mm、射距離500mで53mmと最大装甲厚25mmの九七式中戦車は十分に撃破できる性能でした。ただ、意外にも97式中戦車はこの砲の攻撃1発で戦闘力を失うということがなかったのです。

しかし、、、

九七式中戦車にも強敵が現れます。それがアメリカ軍のM3スチュアート軽戦車と1943年になるとM4シャーマン中戦車を繰り出してきました。

v.s. M3スチュアート軽戦車

M3スチュアートと九七式中戦車が戦った場合、M3軽戦車は1,000m先からでも九七式中戦車を撃破できる一方、九七式戦車は側面からおおよそ500m以内にでないと撃破が難しいのです。要は正面からまともに戦ったら負けるので、地形を駆使しながら戦わないと圧倒的に不利な状況でした。

実際に、初期のフィリピン戦では日本軍全体では勝っていましたが、戦車隊の損害は大きなものでした。九七式中戦車の主砲では、M3スチュアートを撃破させる事はできませんでした。(奇襲して一番装甲が薄いの後面を近距離で撃っても、キャラピラを切っただけだったようで、、、)

捕獲したM3スチュアートで試射実験したところ、正面装甲は500m、300mで撃っても塗料が剥がれただけで、装甲が少し薄い側面装甲を至近距離300mから射撃しても砲弾の方が砕け散ってしまっただけとなりました。そこで、側面300mから小隊3台で集中射撃したところ、やっと装甲に穴をあけることに成功したようです。。

ちなみに、この鹵獲したM3スチュアート軽戦車が、日本軍が東南アジアで展開する戦車の中で、最強クラスの性能となります。。。

ビルマ(ミャンマー)戦線でも同様に、戦車戦では苦戦しました。M3スチュアート軽戦車は1942年2月にイギリス陸軍としてビルマのラングーンに150輌が到着。M3軽戦車は日本陸軍の戦車砲も対戦車砲も全て跳ね返し、ペグーの戦いでは九五式軽戦車中隊を全滅させるほど。。。
チハによる唯一のM3軽戦車の撃破記録は、休息している敵兵を奇襲したときにM3のハッチが全部開いていたので、その入り口を正確に狙って榴弾を命中させ、撃破しただけのようです。

v.s. M4シャーマン中戦車

M4シャーマンを待ち伏せする97式中戦車(1/144サイズ)。こういった待ち伏せ攻撃は有効でした。

1943年にもなるとアメリカ軍はM4シャーマン中戦車を投入してきます。この戦車はドイツ戦車相手には圧倒的に不利でしたが、太平洋では”無敵”でした。
47ミリ砲を搭載した九七式中戦車改でも、M4中戦車・シャーマンには太刀打ちできませんでした。上手く隠れ、側面、後方を狙った至近射撃で何とか撃破できるレベルであると、日本陸軍の要綱にも書かれています。

機甲本部の射撃要領
『M4シャーマンに対してはゼロ距離(100メートル以内)での砲塔基部やペリスコープへの射撃や砲塔後部への射撃。1000メートル以内での車体側面への射撃を推奨して、正面への射撃は「有利ナラズ」』

戦車戦で100m以内まで持ち込むことは困難を極めました。カモフラージュを駆使しした市街戦や森林戦に持ち込む必要がありそうです。一方で、M4シャーマン中戦車の主砲であれば、1.5km先はおろか2km先からでもチハを撃破できる状態でした。この差たるや、、、

ただ、この戦力差でも射撃要領どおりのゼロ距離射撃でチハは善戦しました!
1945年1-2月、フィリピンのルソン島では戦車第2師団のチハ改とM4シャーマン戦車との激しい戦車戦が勃発。マニラ北西付近でM4中戦車を待ち伏せしていたチハ改は、まさにM4を何両も擱座させることに成功します。ただ、一度敵に姿を現したチハ改はアウトレンジからの反撃を受けて損害を出し続けることにもなりました。

ルソン島での戦車師団の戦力は、兵員約6.5千名、戦車約200輌、火砲32門、自動車約1,400輌でしたが、戦いから1-2か月で兵員約2千、戦車180輌、火砲24門、自動車約370輌を失いました。

少年戦車兵の甲斐正保氏の手記
「“動く要塞”M4の恐怖”
一月十九日早朝、われわれはサン・ニコラスを発してサン・マニエルにむかった。
第23師団の戦場にかけつけるのである。……
敵はM4戦車を主力にM3戦車、砲兵、歩兵、それに海と空から一丸となって攻めてくる。

M4戦車はわが九七式中戦車の四七ミリ砲ではビクともしない。平気な顔でやってくる。
これに反してわが中戦車は、M4戦車の砲弾を二発くらえば装甲板はあっさり打ち抜かれてしまう。……
M3戦車は、われわれの攻撃で数台を破壊した。……
翌日からは昨日の苦しい経験を活かして、敵戦車の側面から攻撃することにした。
部隊は敵中深く進んで敵陣になぐり込み、彼我(ひが)入り乱れての対戦車戦闘にひきずりこんだ。
あまりの接近戦で敵が対戦車砲を使いきれないうちにM4を奇襲して、敵は後退した。

これでまた数台のわが戦車がなくなった。
M4にたいする地雷攻撃も行ったが、数日の戦いでのこった戦車は、中戦車十数輛、軽戦車一輛になってしまった。
もはや、後退するしかなくサン・マニエルの町にうつった……」

また1945年3月には、ビルマ戦線でもチハ改がM4を見事に撃破しています。

後退する軍の後衛として敵を待ち伏せしていた2両のチハ改は、前方から迫って来るM4戦車の隊列を発見、多勢に無勢で決死の覚悟で戦闘準備に入った所、なぜか前方400メートルの所でM4の隊列は直角に曲がり、側面をさらけ出したのです。

この時2両のチハ改は主砲を正確に撃ち込み8両のM4を炎上させました。M4の側面装甲は38mmなので、400メートルの距離であればチハ改の47ミリ砲は容易に撃ち抜くことが出来たのです。

1945年には、M4シャーマン中戦車と何とか互角に戦える75mm戦車砲を装えた三式中戦車を日本軍は開発、生産します。本土決戦用ととして温存され、終戦時には160輌が本土の戦車連隊に装備されることとなります。ただ、この時米軍はM4よりさらに強力なM26パーシングを、英軍はセンチュリオン中戦車の配備を進めていたのでした。。。

1/144(144分の1)サイズの九七式中戦車の販売情報

日本では一番人気の戦車ですね!弱かろうが、なんだかんたチハたんなのだよ!
九七式中戦車って軽戦車と比べても変わりないほどの大きさなのですが、1/144という小さいスケールでもしっかり表現されています。

1/144 塗装済み完成品

アトリエインフィニティー製(1/144)

アトリエインフィニティーでは、1/144の塗装済み完成品と、塗装なしキットの両方が販売されていています。特に、1/144の塗装済み完成品はキットのフォルム、塗装品質と申し分がなく、これまで見てきた1/144サイズの中でも1、2を争うほどの品質だと思います。唯一欠点をあげるとすれば、その塗装が少しはがれやすいので、ウェザリング等でメンテナンスが必要が場合があることでしょうか。ただ、これは1/144という小さいサイズならではの塗装の難しさと、経年劣化による点も大きいので仕方ないかな。。

お金があれば同じ種類の戦車をずらっと並べ、戦車師団を作りたいですね!

1/144 97式中戦車
1/144 97式中戦車改

1/144 塗装済み組み立てキット

エフトイズ製(1/144)

エフトイズでは、1/144サイズで「ワールドタンクミュージアムキット」として97式中戦車改を販売していました。人気故に価格も上がりやすいですね。。

1/144 97式中戦車改

<九七式中戦車>

全長:    5.52m
全幅:    2.33m
全高:    2.23m
全備重量: 15.0t
乗員:    4名
エンジン:  三菱SA12200VD 4ストロークV型12気筒空冷ディーゼル
最大出力: 170hp/2,000rpm
最大速度: 38km/h
航続距離: 210km
武装:    九七式18.4口径5.7cm戦車砲×1 (114発)
九七式車載7.7mm重機関銃×2 (4,220発)
装甲厚:   10~25mm

<九七式中戦車改>

全長:    5.52m
全幅:    2.33m
全高:    2.38m
全備重量: 15.8t
乗員:    4名
エンジン:  三菱SA12200VD 4ストロークV型12気筒空冷ディーゼル
最大出力: 170hp/2,000rpm
最大速度: 38km/h
航続距離: 210km
武装:    一式48口径47mm戦車砲×1 (100発)
九七式車載7.7mm重機関銃×2 (4,220発)
装甲厚:   10~25mm